民事信託の活用の難しさ

信託には、民事信託と商事信託があります。民事信託は、反復継続しない活動が前提の信託であり、個人、NPO法人、社団法人等の法人が受け皿となるものです。一方、商事信託は反復継続して営業活動を担う信託銀行等が行うものです。

信託は、最近、相続等で紹介される事例が増えていますが、まだ信託銀行で一部取扱いがあるものの、一般の人々には広まっているとは言えない状況です。例えば、相続に関連して、信託銀行で扱っている教育資金贈与信託、暦年贈与信託、遺言代行信託は、多様性のある信託スキームのうち信託銀行が得意とする金銭信託機能を中心に、頻度が多いものに特化した限定的な信託です。また、信託銀行で取り扱っている遺言信託は遺言作成・執行の代行サービスで信託法上の信託業務ではありません。

なぜ、信託銀行が一部の信託しか扱っていないのでしょうか。民事信託は信託法で自由度を与えられていますが、商事信託は、消費者等不特定多数の人々と継続的な営業取引をするので、その財産保護が必要との観点から、信託業法で免許を始めとする厳しい規制を課されているためです。

では民事信託では、どのようなことができるのでしょうか。いくつか、相続に関して例を挙げます。

遺言代用信託: 本人が財産を生前に信託の受託者(他の者A)に信託し、信託した後受託者Aが特定の受益者(本人)に信託財産を分配するもので受益者(本人)の死亡を起因として一度のみ、後の受益者(他の者B)を指定することができるものです。受益者は、本人⇒指定された人(他の者B)なります。指定された人は相続人以外も可能ですが、遺留分(相続分の一定割合)を侵害すると遺留分減殺請求(いわゆる返還請求)がなされる可能性があります。(以下に同様)
例えば、子供のいない内縁夫婦の場合、夫が存命中は自分を受益者とし、夫の死亡後には内縁の妻を受益者に指定します。

遺言信託: 本人が「死亡時の財産を信託の受託者(他の者A)に信託すること」を遺言し、本人の死後、受託者Aが特定の受益者(他の者B)に信託財産を分配するものです。受益者は指定された人となります。例えば、本人が遺言で自分の身上介護をしてくれた人、特別に支援したい障害者等を受益者に指定します。

後継ぎ遺贈型受益者連続信託: 本人が財産を生前に信託の受託者(他の者A)に信託し、信託した後、受託者Aが特定の受益者(本人)に信託財産を分配するものですが、受益者の死亡を起因として連続して受益者を何度も指定(他の者B,C等)することができるものです。受益者は、本人⇒指定された人B⇒指定された人C⇒続く となります。例えば、子供のいない夫婦の場合、夫が自分の死亡後には妻を受益者に指定し、妻の死亡後には妻の遺族ではなく夫の親族を受益者に指定します。
このように相続に信託を使うと、生前に信託する、死後に信託する、生前に財産の分配を受ける、死後に財産の分配を受ける、財産の分配を受ける特定の受益者を一度だけ指定する、または複数回にわたり指定することを選択でき、相続の自由度が高まります。

また、信託は、財産が委託者本人から受託者に移転(名義変更)しますが、信託の目的に従い財産の分配を受ける権利(受益権)は受益者(=委託者本人又はその指定人)に残るという、倒産隔離機能がある財産管理制度なので、倒産、破産等から財産が守られる仕組みががあります。そこで、相続の他、後見制度支援、不動産管理、個人年金信託、事業承継等に利用できる制度です。

今後、民事信託を活用するためには、信託に関する教育も必要ですが、やはり第一に受け皿となるNPO法人、社団法人等の法人を育成すると同時に、規模の大きい信託銀行等に対する信託業法の規制を緩和し、利用者が使いやすい環境を作ることが必要と考えます。
また、税制面では、受益者連続信託は税負担が重くなる、不動産信託の損益通算・純損失の繰越しができない、手続きが煩雑である等のデメリットがあるので、使い易くするため税制面で整備がなされることも重要と考えます。

2016年11月30日 | カテゴリー : 信託, 相続 | 投稿者 : ファインRアドバイザー

相続税対策のアパート賃貸経営のリスク

所有する土地に建物を建て賃貸すると土地および建物の評価額が下がり、相続時に発生する相続税が減少するため、アパート賃貸経営が相続税節税策として2015年度相続税の増税(基礎控除額の引下げ等)を契機に増加しています。
確かに、相続税は大幅に減少しますので、メリットは否定できません。しかし、、素人が簡単に手を出すと失敗する可能性があります。不動産のプロならば、アパート賃貸経営によりリスクを念頭に置きながら収益を確保することができるかもしれません。賃貸経営は、賃貸市場動向、物件の立地、投資と収益性のバランス、集客、空き室リスク、費用、修繕維持等を考慮しながら長期間かけて収益確保、投資回収を行うものです。また、事業としては、1~2物件をある特定の時期に始めるのではなく、時間をかけて少しづつ物件を増やし、それらを総合的に管理することによってリスクを分散しているわけです。

ところが、個人のアパート賃貸経営では、対象物件は、現在所有する物件だったり、仮に新たに取得する物件だったとしても現状の収益性のみを考慮した物件だったりすると、立地、集客、賃料水準、空き室リスク等の検討が不十分なため、最終的に収益確保、投資回収ができない場合が出てきます。最悪なのは、不動産を手放しても、借入金を返済できず借金だけ残ってしまうことです。くれぐれも、そうならないように、アパートの建築・改築資金等の投資の回収ができるかどうかを優先してアパート賃貸経営の是非を検討しなければなりません。

現在、日銀の異次元緩和により世の中にお金が溢れている中で、金融機関、建設業者、不動産業者が相続対策として売込みをかけており、容易く借入でアパート建築ができてしまいますので、注意が必要です。
また、業者の中には、全期間借上げ方式の契約を薦める例もありますが、業者のリスクヘッジのため賃料を安く設定したり、空き室がでたらさらに賃料を下げる、入居率減少に応じて賃料を引下げる等の契約条項、見直し条項があるケースが多いので、その際は空き室リスクは個人所有者が負担することになります。
加えて、日本は少子化による人口減で住宅は余ってきますし、地方から都市への人口移動により地方はますます過疎化してきます。東京の一等地は別にして都市近郊でも例外ではありません。空き家、空き室がどんどん増えていく中でのアパート賃貸経営は、ますます難しくなってきます。

以上のことから、アパート賃貸経営は、相続税対策ではなく、純粋に事業として成り立つかどうか十分シュミレーション等により検討を行った上で実行するする必要があると思います。