日本国の社会保障債務の行方

2016年12月19日の日本経済新聞の記事に「2030年に社会保障債務が約2000兆円になる」との試算が出ていました。内訳は年金が1262兆円、医療が458兆円、介護が247兆円です。これは、国の国債等の借金1000兆円とは別の債務です。

年金について別途2030年の債務を試算してみました。保険料支払済みの受給権者(25年以上の加入実績がある人)40百万人、一人当たり月給付額14万円、65歳から85歳までの給付期間20年=240月とすると、年金給付総額は1344兆円となり、そこから積立金100兆円を差引くと1200兆円となります。例えれば英会話スクールでの前払い授業料の債務を授業という給付を受ける権利の価値として評価します。国際的に適用されている会計基準では、こうした受給権は、給付総額を優良債権(例えば国債)の利率により20年間で割り引いた現在価値で債務として評価するのですが、現在の国債の利率は、ほぼゼロに近いので、給付総額≒債務となり、債務は約1200兆となります。この債務は、保険料により積立ててあれば、積立資産と債務が両建てとなり相殺すれば債務はゼロとなりますが、現在の積立金は100兆円しかありません。しかも、政府の貸借対照表には年金の債務が計上されていないのです。つまり隠れ債務に当たります。国際会計基準を採用している企業では隠れ債務が許されないのに国が隠れ債務を持っている訳です。
なぜ国では年金債務が計上されていないのでしょうか。国の制度としては、積立金方式ではなく、賦課方式(=現役世代の保険料で、退職世代の年金を賄う単年度収支方式)を採っているため、計上しなくてよかったのです。そこで、過去の剰余金として10%程度しか積立がされていなかった訳です。

一方、医療、介護の債務につては、保険料支払済みの受給権というものはありません。例えれば英会話スクールで毎月授業料を支払い授業という給付を受ける形です。仮に受給権は発生しても授業を受けた段階で消滅しますので、1月で債務は消滅してしまいます。医療、介護については賦課方式(=現役・退職世代の保険料で、現役・退職世代(割合では退職世代が多い)の医療、介護の給付を賄う単年度収支方式)を採用するのが妥当なので、日経新聞に出ていたような債務を計上する必要はないと思います。年金と比較する上で医療、介護についても、同じように計算したのではないかと思います。

今後、今後少子高齢化により現役世代の減少が進む中で増加する退職世代の年金、医療、介護の給付を確保することはできなくなってくるでしょう。
すると年金、医療、介護の給付を保険料等(一部は一般財源の税金)で賄うことができなくなる可能性は高く、保険料を値上げするにも限度があり、年金を削減していくか、現役世代だけでなく、退職世代とくに高齢者の自己負担を増やしていくか、あるいは消費税を10数%アップして、税金で賄っていくしかありません。

いずれにせよ退職世代だけでなく現役世代にとっても厳しい将来が待ち受けています。政府は、消費税増税を何度も延期し、構造改革も掛け声だけであまり進めておりません。現在、将来を見据えた年金・医療・介護の制度改革が待ったなしの状況です。そうした改革の中で、現役世代と退職世代ともに痛みを分かち合う対策、および消費税の社会保障財源化対策が必要ではないでしょうか。

配偶者控除の改正について

2016年12月8日に決まった2017年度与党税制改正大綱は、2017年の通常国会で税制改正法案として提案される予定とのことですが、その目玉は配偶者控除の見直しです。

配偶者控除とは、一定の年収以下の配偶者(主に専業主婦)には年収がない被扶養者と同様に、扶養者(主に夫)の所得控除を38万円認めるものです。加えて、配偶者特別控除とは、一定の年収を超えると所得税が急激に増加するのを緩和するため、定められた年収までは所得控除を段階的に減らしていくものです。

今回の改正案では、配偶者控除については、年収要件を現在の103万円(配偶者の給与所得控除65万円+基礎控除38万円の合計)から150万円(内訳は不明)まで拡大するほか、配偶者特別控除についても、年収要件を141万円(103万円+38万円の合計)から201万円(150万円+51万円の合計)まで拡大します。一方、扶養者(主に夫)には新たに年収要件を導入し、1120万円以下は従来どうり38万円の控除、それを超えて1220万円まで段階的に控除を減額し、1120万円超になると控除はなくなります。配偶者特別控除も基本的には同様な形をとります。

今回の配偶者控除の見直しは、女性の社会進出を目指す働き方改革の一環の様ですが、2016年9月22日のブログ「扶養控除の改正」でも書いた通り、社会保険の免除となる基準として130万円(一定の条件に該当する場合は106万円)があり、所得税の配偶者控除の基準と整合がとれていないだけでなく、新たに所得税の配偶者控除150万円の基準ができ、より分かり難くなります。

果たして、この配偶者控除の見直しだけで働き方が変わるのでしょうか。欧米の中には、税と社会保険料のを一体として捉え段階的控除の仕組みがある国もあるようなので、日本においても税と社会保険料の負担基準の整合を図ることが求められます。

 

扶養控除の改正

最近、税制改正論議の中で扶養控除が新聞を賑わせていますが、扶養控除は所得税だけでなく社会保険等についても同時に検討が必要です。

所得税の扶養控除の非課税限度額・年間103万円(基礎控除38万円+給与所得控除65万円=103万円)が主に専業主婦からなるパート等の短時間労働を縛っているとの報道がなされています。パート等の短時間労働者は、年間給与が103万円以内の被扶養者であれば、夫等の扶養者の扶養控除として38万円を所得控除できることになっていますので、103万円の非課税限度内の年間給与にとどめるよう働く人が多く存在します。
一方、社会保険(年金、健康保険等)では、パート等の短時間労働者が被扶養者であれば一定条件のもとに保険料を免除されます。
その一定条件(概要)とは
①勤務先が正規従業員500人以下、年間給与106万円(月給8.8万円)未満、 週の労働20時間未満、勤務期間1年未満いずれかを満たす場合・・・2016年10月から適用
 ②上記以外で週の労働30時間未満かつ年間給与130万円(月給10.8万円)未満
となっています。

つまり、パート等の短時間労働者かつ被扶養者は、所得税の扶養控除と社会保険料の免除の両方が満たされたとき最大のメリットを受けることができますので、103万円の非課税限度内の年間給与にとどめる人が多いのです。現在、所得税の扶養控除の廃止、夫婦控除の新設によりパート等の短時間労働者の労働の自由度を上げることが検討されていますが、社会保険料の免除についても損得が発生しないような制度変更がなされなければ、短時間労働の縛り・壁を解消することはできないと思われます。実際に、日経新聞の記事によると短時間労働者の年間給与水準の分布は103万円を境にそれを超える人は急激に減少しています。
また、雇用主側においても社会保険料の負担増を避けるために年間給与を106万円の社会保険料免除限度額以内に収まるように短時間労働の内容を抑えてくるケースも予想されます。

 加えて、所得税の扶養控除、社会保険料の免除だけでなく保育所、保育士の不足等も短時間労働の制約条件となっています。
ですから、所得税の扶養控除が改正されたとしても、現状における短時間労働者の就業状態はあまり変わらない可能性が高いと思われます。

一方、2016年10月からの社会保険の制度改正により、被扶養者でない短時間労働者(自営業者の配偶者、未婚者等)のうち新たに健康保険、厚生年金等の加入員となり雇用主から社会保険料を徴収される人は、社会保険料の労使折半よって保険料の自己負担が減少し、かつ2階建て年金(報酬比例分)が加算されることになり、労働条件が改善されます。

いずれにしても、パート等の短時間労働者の活用を実現するため、政府は縦割りではない多方面にわたる総合的な施策を展開するべきでしょう。